ノート

打っては、消す。

 

自分の気持ちをひとつずつ確かめるように

文章を作るこの時間がたまらなく好きだ。

 

 

それは、小学生の頃から変わらない。

 

お年玉で買ったピンク色のノートに物語を書いては

紙が破れないように消しゴムで優しく擦り、

そして新しい物語を書く。

 

誰に読ませるわけでもないけど、

わたしはそんな行為に耽る子どもだった。

 

 

「どうしたらこんなお話が思い付くの?」

 

興味を持ってくれたのは、

小5のときの担任、鈴木先生だった。

 

友達ともよく遊ぶわりに

ふとしたときに自分の世界に閉じこもるわたしが

少し心配だったのかもしれない。

 

 

自分以外が物語を読むのは照れくさくて

わたしは「いや?」なんて曖昧に

返答したと思う。

 

でも本当は弾けそうなほど嬉しくて、

わたしはさらに紙と向き合うことに没頭した。

 

 

お姫様と勇者の話、

動物たちのパーティーの話、

小さな女の子の大冒険。

 

どこかで読んだことのあるような話ばかりだけど、

鈴木先生はいつも大袈裟に驚くふりをして

たくさんたくさん褒めてくれた。

 

ここの文章を変えたほうがいいと

きちんとアドバイスもくれた。

 

そしてあるとき、

市の作文コンクールに出してみない?と

声をかけてもらった。

 

 

そのときの感情は覚えていないけど、

少しだけ複雑な気持ちでいたと思う。

 

好きで書いているものを

全く知らない大人に評価されるのは

嫌だ、というよりも不愉快だ。

 

だけどわたしは首を縦に振る。

 

鈴木先生に喜んでほしかったから。

 

 

 

 

 

コンクール用の作文は、

誰かに読ませる前に破いて捨てた。

 

まだ子どもだったわたしには

自分の中の激しさを飼いならすことが

できなかったのだ。

 

何故と言われると答えるのは難しい。

とにかく細かく細かく破いてしまうのが、

この物語には一番美しいのだと思った。

 

 

わたしは書くことをやめた。

 

 

煙草をいたずらして

学校に通報されたのはこの頃。

 

鈴木先生は悲しそうな顔をしていた。

 

「がっかりした」と言われたのを覚えている。

 

「どうして?」とも聞かれた。

 

どうしてなのだろう。

自分のことなのに、

説明できないことが恥ずかしかった。

 

 

理由なんかなかったんだろう。

ほんの興味本位、軽はずみ。

 

「ごめんなさい、もうしません」と

口にする唇は震える。

 

 

 

それと同時に訪れる興奮。

 

 

怒ったり悲しんだりする大人たちに

「ざまぁみろ」と思った。

 

勝手に期待して、

思い通りにいかないわたしを

ダメなやつだと言い切る大人。

 

あぁなんだ、

大人なんかちっとも立派じゃない。

 

今思えばこれが、

わたしの思春期の始まりだったのだと思う。

 

 

 

今日またひとつ歳を取った。

 

たまにひょっこりと顔を出す

波のような荒々しさを

押さえつけることがうまくなった。

 

自分の行動や感情に

無理矢理理屈をつけることだってできる。

 

 

でもやっぱり大人なんか立派じゃない。

 

誰かに勝手に期待して、

勝手にがっかりしてしまう。

 

 

立派じゃないわたしたちが

必死にもがく姿は惨めで情けなくて、

途方もないほど美しいのだ。

 

 

美しいものを書き留めたいから、

わたしはキーボードを叩くことをやめない。